【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第22話 (8/12ページ)
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それでも文化年間は国直の家に居候していたが、文政になって国直が嫁を娶ってからはさすがに迷惑だと思い、一人で白銀町二丁目や合羽干場のあばら屋を転々としたのち、この佐吉に拾われた。
「わっちゃア落ちこぼれだから、父っつぁんもわっちの事なんざ忘れっちまったろう。わっちもあんなくそじじいの事なんざ嫌えだ」
「でも、その『わっち』ってのも、豊国の父っつぁんの受け売りなんだよな」
佐吉が笑いながら指摘した。
「うるせえ」
ぽかりとげんこつを落とした瞬間、とんとん、と表をたたく音がした。
「芳。芳坊。ここにいるかえ?」
腰高障子の向こうから懐かしい声が掛かった。
「鯛兄イ・・・?」
声の主は、明らかに国直であった。
国芳は慌てて身繕いをした。
「あいただいま!」
土間に飛び降りてガラリと障子を開くと、果たして国直であった。
「よお、久しぶりだな」
すっかり父親らしい表情になっているが、逞しい体躯と笑った顔は少しも変わらない。
上がるかえと訊くと、いやここでいいと言う。
国芳もほっとした。
手前の四畳には佐吉がいるし、その奥の六畳には描き損じの紙くずやら筆やら絵の具皿が散らばり放題である。
「芳、目やに付いてるぜ。真面目に描かねえでゴロゴロしてたのか?」
「やだねえ鯛兄イ、人聞きの悪い。その逆。絵を描きすぎたから、佐吉と話して休憩してたんでい」
「本当かよ」
「本当本当。ねえ、鯛兄イ。一体何の話してたか、分かるかえ?」
「何って、ナニだろ」
「馬鹿、違げえよ」
「兄貴に向かって馬鹿って言うなよなあ」
「正解は、わっちが入門したての頃の話さ」
「アア?おめえさんが、十の時だっけ?」
「ちゃらくら言うねえ、十六でい」
「十六だったか!?喧嘩ッ早くてガキくせえからもっと下だと思ってたぜ」
「いやだねえ、鯛兄イは。わっちゃあ幾つになっても純真無垢な少年のままだよ。