【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第30話 (2/11ページ)
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「しかしなんだね、この人の絵を見るにつけ、あーたがこの国芳に惚れる理由が分かったよ。認めよう。あーしの負けさね」
眉をハの字にして首をすくめた英泉の剽軽(ひょうきん)さに救われて、みつはふふっと喉の奥で笑った。金に糸目をつけぬ江戸ッ子英泉の気っ風の良さである。英泉は更に、
「この人ア、これから梁山泊(りょうざんはく)を目指す水滸伝の豪傑そのものだな」
そんな風に言った。どうやら国芳を気に入ったらしい。
梁山泊。
水滸伝の物語において、百八の豪傑たちがそれぞれの戦闘を繰り広げながら、最終的に集結する大水郷である。
歌川国芳「水滸伝豪傑双六」国立国会図書館蔵
(この人の言う梁山泊とは一体何処なのだろうか)、
浮世絵師の目指す梁山泊とは。
みつは英泉を見上げて思った。その遥かな響きに、なぜだか目の奥がつうんと沁みた。
「こいつとだったら、一緒にこの日本がひっくり返エるような事を企むのも楽しいかもねえ」
英泉は顎に手を当て、楽しげに鼻の穴を膨らませた。みつは心配になり、
「ちょいと、岡っ引きにでも聞かれれば捕まりなんすえ」
「まさか。清河の松平定信の治世は今は昔の話さ。誰にもあーしらを捕まえる権限なんざねえ。今の公方様はてえへんな子沢山で、あーしら道楽者の気持ちの分かる人だと聞いているよ」
英泉はお上なぞ屁でもねえという表情でケケケッと笑った。