【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第30話 (10/11ページ)
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ガムシャラに描いたって駄目だ、工夫もしなきゃ、面白くねえって気づかせてくれたなア、おめえだよ」
ああそうだ、と国芳が懐から何か取り出した。
「これ、やるよ」
「なあに」
「わっちの父っつぁんが染めた布で作った掛け守り」
取り出したのは、細い鎖の先に小さな花色染めの御守り袋をつけた掛け守りだ。役者や火消し、職人などが下げる事の多いものだが、国芳も侠客ぶって常に首から下げていた。
右・国芳「七ツ伊呂波東都不二尽 ろ 本町丸綱五郎・日本橋富士(部分)」国立国会図書館蔵 左・国芳「大願成就有ケ滝縞(部分)」国立国会図書館蔵
みつは首を傾げた。
「その父っつぁんって」、
「豊国じゃねえ、わっちの本物のお父っつぁんよ」
「わっちゃア実は、十五で勘当されてんのよ。実家の紺屋を継ぐのが嫌でよ。絵師になりてえつって豊国の父っつぁんのところに入門しちまったから」
「そうだったの」
「でもこの大勝負の噂を聞きつけて、本当の父っつぁんがこの掛け守りを作って両国橋まで届けに来てくれた。わっちの夢が本気なのをやっと認めてくれた」
「良かったねえ」
みつは、泣きそうな声で国芳の頬を撫ぜた。