【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第30話 (6/11ページ)
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「兄さんたち、皆揃ってどうしたってんでい」
「可愛い芳坊があの渓斎英泉と絵の大勝負するってんで、俺ア居ても立っても居られねえで、誘い合わせて来ちまったんだよ」
国直が持ってきた差し入れをどさりと置いた。
「しっかし本当に噂通り、両国橋の上で一日中描いてるとはな。酔狂にもほどがあるぜ弟よ」
国安が楽しそうに言った。
「さすがは、俺たちの末っ子だな」
「お前」、
国貞が狐のような目で言った。
「絶対あの偏屈エイセンに負けんな。歌川の名にかけて」。
ああ、それが言いたかったのか、と国芳は納得した。国貞と英泉は犬猿の仲なのである。
「おう、ありがとよ。そういや英泉がやたら国貞の兄さんの事嫌ってたが、兄さんも英泉が嫌えなんだよな」
「大嫌えだ。あいつア俺の丸パクリだ」
「英泉も同じ事オ言ってやしたよ」
両国橋の上で、小さな笑いが起こった。
「本当はナカいいんじゃねえの、兄さんとエイセン」
「てめえ、次言ったらしばくぜ」
からかった国丸がヒイと震え上がった。
「まあ、何にせよ俺たちゃ芳を応援してるぜ。何しろおめえは俺たち歌川派の一番最後の夢だからな」
「それにしても、家で描いた方がいいたア思うがな。なんでこんなとこで描いてんだ」
「それア違えよ、兄さん。両国橋(ここ)だから描けるんだ。この両国橋の上は、《江戸》そのものだ。