最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話 (12/15ページ)
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小説
土屋光逸「羽田の雪」JAODBより
■文政十年 夏文政十年の夏が訪れた。
国芳は汗を滲ませながら、一刻以上も同じ姿勢で机に向かっている。
褌一丁の上に、禍々しい模様の褞袍(どてら)を引っ掛けるという奇妙な姿である。
渓斎英泉に仕立ててもらった地獄絵図の褞袍は綿を抜いてもさすがに蒸し暑そうだが、国芳は「仕事の時アこれがいい」と言う。
歌川国芳「名誉右に敵なし左甚五郎」(部分) Wikipediaより
肩ッ先に引っ掛けた細やかな刺繍の入った手ぬぐいは、見る角度やわずかな明度の変化で不思議な模様の変化を見せた。
「師匠、何描いてるんです」
芳雪の薄墨の目が、国芳の顔を覗き込んだ。
「ガキにゃア教えねエ」
国芳は、描いていたものをさっと隠した。
芳雪はああ、と手を叩いた。
「春画ですね」
「違エわ」
「じゃあ、なんです」
国芳は仕方なく描いていたものを取り出した。
「あ、」
花魁だ。
芳雪はそう言って、桜貝のような可愛いくちびるで笑み笑みした。
「どこの花魁です」
「知らねエ」
国芳はそっぽを向いた。
「正月に出すから、描いてるだけだ」
浮世絵師の勝負は暑い夏に始まる。