最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話 (13/15ページ)
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正月に出す摺物は夏に準備しはじめなければ間に合わないのだ。
「へえ。この花魁、綺麗な人だなあ。あ」、
芳雪が何かを思い出したように言った。
「これ、あの日に師匠が持ってた仕掛でしょう」
国芳は煙たそうに目を細め、
「雪、めえはもう、あっち行ってろ」
しっしっと芳雪を追い払った。
「あいな」
茶でも淹れますよ。
芳雪はそう言って手をひらひらさせた。
「あの日」、みつを失ったあの正月の夜から早くも半年以上が過ぎた。
芳雪、本名孝太郎は、その夜に橋の上で出会った少年である。偶然結んだ縁から国芳の弟子となり、一緒に棲むようになった。
齢十四の、美しい少年である。
薄墨の綺麗な目が、みつに少し似ていた。
今、国芳が魂を込めて描いているのは、久堅連「風俗女水滸伝」のうち「九紋龍史進」だ。
一人の花魁が頭には数えきれない簪を差し、黒龍を染め抜いた豪奢な仕掛に身を包み、朝焼けの空に見入るという構図である。
ようやく満足に描き上がったその時、外から声が飛んだ。
「佐吉が邪魔するよ、芳さん」
「あいよ、入エんな」
腰高障子を開いた佐吉は相変わらず身なりが良く、総絞りの浴衣をさらりと流している。その下の肌膚には国芳が絵付けした恐ろしい龍の紋々が息づいているのを、誰が見抜けようか。
佐吉は国芳の傍にどっかと腰かけ、開口一番こう言った。
「今年の玉菊は、紫揃えだってね」。
「ああ」
国芳も風の噂に聞いていた。
今年の吉原遊廓の玉菊灯籠は京町一丁目岡本屋の紫野花魁の早世を悼んで、仲之町の引手茶屋すべてが紫の灯籠を吊るし飾っているのだと。
その話を聞いても、国芳が吉原遊廓に出向く事はなかった。
彼はただ、昼夜も忘れて長屋の机上で花魁を描いた。
「綺麗だねエ」
佐吉は目を細めて紙上の花魁を見つめた。この絵に歌を添えるのは、狂歌師である佐吉の仕事だ。