最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話 (14/15ページ)
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小説
「茶を淹れました」
芳雪が美しい翡翠色の茶を運んできた。国芳がこだわって手に入れた江戸では珍しい京の宇治茶である。
「ありがとう。アア綺麗な青だ」
一口呑み、
「少し気になってたんだが、芳雪はどんな絵を描くんだい」
佐吉が問うと、国芳は首を振った。
「こいつ、筆を渡すとわっちの絵を寸分違わず写しやがる」
「凄えや、さすが一番弟子。才があるんだねえ」
「才はあるが、聡すぎる。雪、めえはもっと」、
「馬鹿になれ、でしょう。師匠はいつもそればかり」
芳雪は困ったように赤い舌をちろりと出した。
「そうだ。馬鹿でなきゃア人の面白エと思うもんなんざ作れねエ。馬鹿になっちまえば誰もやらねえような事も怖くねエ、」・・・・・・
「そういえば」、
熱く語り始めた国芳を佐吉が遮った。
「さっき、江戸前に大鯨が打ち上がったって。そうそう。おいらアそれを教えに来たンだ」
「何ッ!」
国芳が飛びあがった。
首から下げている掛け守りの鎖が、しゃらんと鳴った。
芳雪も既に立ち上がって出る準備をしている。
「佐吉、それを早く言え。雪!さっさと準備しろ!滅多にねエんだ!急ぎゃがれ!」
「あい、師匠!」
「それとあと、おめえ、」
「矢立と紙でしょう?」
芳雪は袂から筆と草紙を取り出してひらひら振って見せた。
「アア、それだきゃ絶対に忘れんな。じゃあな!佐吉!わっちらアちょいと江戸前に出てくらア!」
三尺帯をキュッと締め直し、師弟が青嵐のように勢いよく陽光の中へ飛び出して行った。
佐吉が慌てて外を覗くと、既に居ない。
振り仰げば夏空が雲一つなく澄み渡って青い。
さて。
部屋に戻った佐吉は、ふいに机上に視線を吸いつけられた。
国芳が夢中で描いていたものがそのまま置かれている。
黒龍の仕掛の花魁が柔和(やわ)らかい表情で新春(はる)の空を見つめていた。