「鎌倉殿の13人」一度戦となれば、一切容赦はしない。第36回放送「苦い盃」振り返り (8/11ページ)
まぁ、それでも惚れているならしょうがないか……義村の態度は小四郎を尊重すると言うより「面白いから放っておこう」という本音によるものかと思います。
いつか最期に「私、本当は茸なんて大嫌いなの」などと宣告されないことを願うばかりです。
義時の呷る「苦い盃」さて、武蔵国で臨戦態勢を整えていた重忠を何とか説得しようと訪ねる義時。謀叛の意思がないことを誓う起請文の提出を勧めますが、それを受け入れる重忠ではありません。
かつて重忠は梶原景時の讒訴によって謀叛を疑われた時、
「起請文とは心に偽りある者が書くもの。この重忠の忠義は今までの行動が何よりの証明であり、誰もがそれを認めるところである(意訳)」
と答弁。誰もがそれを認めて無実を勝ち取ったことがあります。それが今さら起請文など提出したら、それを理由に討たれてしまうことでしょう。