朝ドラ【風、薫る】日本髪はなぜダメだった?“女子断髪禁止令”の時代にバーンズ先生が教えた看護の基本 (4/10ページ)

Japaaan

半日がかりの大仕事のうえドライヤーもないので、洗髪後は自然乾燥。晴れた日を選んで洗髪していたそうです。

不衛生だけではなく時間も手間もかかり過ぎる日本髪は、ナイチンゲールが提唱する「衛生」とは程遠いもの。バーンズ先生の「日本髪の廃止」命令は、合理的で理にかなっていたのでした。

『都風俗化粧伝』(小泉吉永所蔵)日本髪の女性が髪をほどいて洗髪している様子。 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/100275844

ナンセンスな明治時代の『女子断髪禁止令』とは

明治4年(1871)9月23日に『散髪脱刀令』が公布されました。

「髷は結わず散髪していい、士族でも帯刀しなくてもよい」という令で、身分ごとに決められていた髪型や服装のルールに従わなくていいことになったのです。さらに、明治6年(1873)に明治天皇が散髪したことが影響したのか、庶民の間にも断髪は一気に広まりました。

それに影響されて、女性も重い日本髪をやめて髪の毛を切る人が増えたそう。日本髪よりも、軽くてお手入れの楽な断髪は解放感があるので、真似したくなる気持ちはよく分かります。

ところが世間は女性の断髪に猛反対。平安時代から続いた「長い黒髪=美しい」「長い髪は女性らしさの象徴」という価値観はまだ浸透していたようで、新しい時代の始まりとは言っても髪型を変える女性に違和感を覚える人は多かったそうです。

本来は、女性がどんな髪型にしようと個人の自由で「余計なお世話」。

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