朝ドラ【風、薫る】日本髪はなぜダメだった?“女子断髪禁止令”の時代にバーンズ先生が教えた看護の基本 (5/10ページ)
「『伝統的な価値観』を捨て、女性が自分の意思で新しい流行を取り入れること」に対して、面白くないという気持ちや、自由に羽ばたく女性たちに対する拒否感や抵抗感からかも……。
「女に学問はいらない」「女は職業を持って社会にでるな」という考え方の人たちには、古風な日本髪をやめ髪を切りサラサラと風になびかせ軽快に街を闊歩する女性は気に入らなかったのかもしれません。
そんな断髪女性が増えていくことに危機感を抱き、東京府は明治5年(1871)4月5日『女子断髪禁止令』(東京府達32号)を発令しました。
現代の軽犯罪法に似た取締法規で、見つかると罰金か警察署に勾留されるという非常に理不尽なもの。文明開花とは口先ばかりのナンセンスな法令でした。
『女子断髪禁止令』に反発し「婦人束髪会」が発足
ばかげた「女子断髪禁止令」に反発し、明治18年(1885)には、医師の渡邉鼎(かなえ)と経済記者の石川瑛作が、『婦人束髪会(ふじんそくはつかい)』を発足させました。
ちょうど、史実では2年後の明治20年(1887)に、一ノ瀬りん(見上愛/大関和がモデル)や大家直美(上坂樹里/鈴木雅がモデル)が「桜井女学校看護婦養成所」に入学しています。